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完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。 ―村上春樹、風の歌を聴け



おひさしぶりです。引用は、村上春樹の新作を買ったはいいものの、いまだに積ん読く状態なのを記念してみました。新しい本をすこしずつ読み進めていく楽しさったらないですよね。

新しい本(Book)といえば、まもなく本家のルールブックが改正されますね。友人にリンクを教えられて、ページを初めて見たときの衝撃といったら...ご理解ください。いままでこつこつ書いてきて、ちょうど2日前に完成した萃符伝用ルールブックがおじゃんになったんですから!

率直に言えば、私個人は、マジックの新しいルール改正は好ましいと思っています。スタックを利用したコンバットトリックがずいぶん減ることになりますが、なにより新規プレイヤーが減少している現在において、初心者にわかりやすいルールにすることは納得できます。
あたらしい販売方法も素敵ですね。基本セットに、本当に必要なカードを収録するのはよいやりかたでしょう。ひさびさに基本セットを箱買いしようかな、なんて。

しかし、お分かりの通り、私たちにとっては困ったことです。この変更によってずいぶん多くのカードの能力が変わってしまいます。おお射命丸文よ、死んでしまうとはなさけない!戦闘ダメージステップに颯爽と手札へ帰ってきてくれるはずではなかったのか?それに幽香...こんなになってしまって(泣

いえ、バランスはまだいいのですよ。きちんと検討した訳ではありませんが、この変更によって弱体化を受けるカードはもともとオーバーパワー気味のカードが多いですし、いざとなれば現在進行中のバランス調整でなんとかできますしね。
なにより痛いのが、用語変更です――意外ですか?

萃符伝は、東方カードゲームのなかでは抜群に世界観・ストーリー性を重視していると自負しています。
東方の世界観にいままでのマジックの用語は、ぴったり合う訳ではありませんが、それほど外れている訳でもありません。"場"や"ゲーム外"といった用語はシステマティックとはいえ、直観的にわかりやすいものです。
しかし今回の変更で、たとえば"場"は"戦場"に、"ゲーム外"は"追放されたカード"になります。たとえば、蓬莱山輝夜はこんな感じに。

永遠と須臾の罪人、蓬莱山 輝夜が戦場に出たとき、あなたのライブラリーのカードを上から7枚裏向きにしてゲームから追放する。
あなたのドローステップを飛ばす。
あなたは手札の呪文を唱えられない。
あなたは永遠と須臾の罪人、蓬莱山 輝夜によってゲームから追放されたカードを見て、それを唱えても良い。



世界観ぶちこわし過ぎワロタwwという感じでひとしきり笑った後に鬱になった。なんだよカードをゲームから追放するって。しかも追放したはずなのに戻ってくるし。呪文ってなに?そもそも、これはどういう状況をあらわしたカードなの?

それから、ルール用語にも問題があります。みなさん、ルールは理解していますか?ちょっと試してみましょう。

Q.存在しないルール用語はどれ?
攻撃プレイヤー
防御プレイヤー
攻撃クリーチャー
防御クリーチャー

A.防御クリーチャー(正しくはブロック・クリーチャー)



なんですかこのカルトクイズ。ルール読んでて愕然としましたとも。ゲームのメインである戦闘ルールがこんな調子じゃ、初心者お断りすぎるでしょう...?

われわれはマジックに慣れ親しんでいますから、これらの奇妙な表現をなんなく理解することができますが、そういった人々は少数派です。少なくとも、幻想萃符伝を手に取っていただいた東方プレイヤーの方々の多くは、マジックについてまったくの初心者です。彼らにとって、今回の用語改正は、ゲームに輪をかけてわかりづらくするだけのものになりかねません。


ですから、私たちは、幻想萃符伝の用語を、マジックの世界から切り離すことにしました。東方の世界観にそぐわない用語は、適切な用語に置き換えられます。この変更は、クリーチャーやエンチャントといったカードに顕われるものもあれば、ルールブックにしか関係のない用語まで含まれます。変更はあくまで用語だけです。ルール上の処理が変わる訳ではありません。つまり、"クリーチャー"はなにか別の用語、たとえば"いきもの"とか"キャラクター"とかそういったなにか、に変わることになりますが、カードの効果が変わる訳ではありません。いままでの用語もルール上はひきつづいて適正です。(ルールそのものは基本セット2010以降のものに準拠します
変わるのは用語だけではありません。カードテキストのテンプレートも、より日本語として自然な文章に変更されます。幸いなことに、萃符伝は英語版を作る必要がありませんから。それからもちろん、変更後のルールやテンプレートに準拠した、萃符伝用のルールブックも公開する予定です。

少なくない方々が、この変更には反対されることでしょう。マジックをベースにしている以上、マジックそっくりにつくるべきだ、そのほうがマジックプレイヤーには楽しい、といった意見。その通りだと思います。しかし、幻想萃符伝はマジックの二次創作であると同時に、東方projectの二次創作です。カードゲームに親しくない東方プレイヤーにも楽しく遊んでほしい、という目標をないがしろにするわけにはいかないのです。

それから、本家の言葉を借りるならば――この変更が適用されるまでにはまだ時間があります。原稿をすべてつくりなおすのにどれだけの時間がかかるかははっきりとしませんが、この用語変更について話し合う時間は、少なくても二週間は取れるはずです。

もしあなたがこの変更について意見があれば、賛成反対を問わず、メールしてください。
がっかりさせないために先に言っておきますが、萃符伝メンバーは、用語を変更することに賛成しています。もちろん、だからといって、批判のメールを無視するというわけではありませんよ。十分に論理的であれば、私たちの意見を変えることはけっしてやぶさかではありません。

メールアドレスは mail@suifuden.info です。あなたのご協力に感謝します。


東劇おつかれさまでした、yifeです。急な告知にも関わらず萃符伝スペースに来ていただいた皆様、本当にありがとうございました。
第一弾のプロキシを作ってきてくださった方がいらっしゃったのですが、あまりの完成度の高さにスタッフ一同、おもわず愕然としました。これは早いとこ再販ださないと申し訳ない...!
(いやしかし、再販時期につきまして、実際のところ私たちの手の届かないところで、具体的に言うと印刷所によって、決められてしまう感じがひしひしといたします)

お聞き及びの方もいらっしゃるかもしれませんが、萃符伝スペースはメイン会場とは別のフロアをいただいておりました。その場では「島流し乙ww」と自虐しておりましたが、後から考えてみるとメインフロアの喧噪に巻き込まれず、のんびりと遊ぶことができたのではないかと思います。いやはや、メインフロアで遊んでいると、あまりの姦しさに頭がぼうっとしておりました(笑)

さてさて、今回の記事では写真を交えつつ当日の様子をお伝えいたしましょう。いや、私がばたばたしていたもので、あまり正確な記事は書けない気がしますが...




開場してすぐ、準備中

開場直後の写真です。ホワイトボード前に立っていらっしゃるのは、東京交流会を主催なさっているganzoさん。彼の手前にあるのが優勝景品。
結構広いスペースをいただきまして、30席ほどでしょうか。萃符伝をプレイするだけでなく、他の非電源ゲームのプレイスペースや休憩所も兼ねていました。
終了直前にはぐったりとなさった方々が机に向かって、死んだ魚のように突っ伏していたのを記憶しています(笑)。

ちなみに、2階ロビーがスタッフ休憩所になっていたのですが、そちらにはスタッフの方々がぐったりとされておりました。みなさん、本当におつかれさまです。




ホワイトボード


ganzoさんに書いていただいたのがコレ。撮影したのは対戦終了時ですけどね。
急なお誘いにも関わらず、ちゃんとデッキを作ってきていただいてありがとうございました。
皆さんの対戦結果は非常に参考に...うー(ごにょごにょ)。




何見てるの?

何見てるんでしょう?私はセットアップと撮影に気を取られてて...

お気づきかもしれませんが、画像がボケボケのブレブレです。というのも、まともなカメラで撮影していないからです。
対戦動画を撮影しようと三脚と水準器を買いそろえ、三脚を運ぶための大きめバッグも用意したのですが、出発前日にビデオカメラを持ってないことに気づきまして。あわてて探すも、ビデオ機能があるのは昔懐かしいxactiのみ(三脚穴なし)。せめてまともに写真を撮ろうと思ったのですが、よく考えてみたらコンパクトカメラを持っていませんでした。
写真がないのもまずいですから、急場をしのぐためにmacbook付属のiSightで撮りました。いやはや。




たなからぼたもち

準備中。バッグを背負ってるのが、おなじみwindfallさんです。(お地蔵サイクルの続きを書くようにせかしてあげてください)




nice smile

適当に部屋の風景を写していたら、コリャさんがポーズを決めてくださいました。いい笑顔です!あまりの勢いに指もブレてます。名札も弾けてます。




対戦思案中なう

対戦中の1コマ。凛々しいお顔が素敵です。

ところで、photobooth(mac付属の撮影ソフト)には撮影モードを変更する機能がありまして。ちょっと遊んでみたのがこちら。




対戦中なう(せぴあ)

セピアって、なんだか格好良く見せる効果がありますよね。

...あれ?今気づきましたが、デジカメあったの!?貸してもらえば良かった...orz




対戦中なう2

対戦風景その2。そういえばみなさん、歯車式のライフカウンターをお使いになられる方が多いですよね。
相手のライフも確認できるのが便利で私はいつも紙とペンなんですが、歯車式の利点があるんでしょうか?


※今回掲載させていただいた写真は、すべて参加していただいた方々に公開の許可をいただいております。

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東劇おつかれさまでした!萃符伝担当の方が遅刻してきて開演前はどうなることかとハラハラしましたが(笑)、無事に一日を過ごすことができました。
えー、私は途中からVISION大会だったわけですが;チーム優勝しちゃったよ(アリスチーム)。

東劇の記事は別記事にするとして、今回の記事は前回の続きになります。途中から読んでも意味不明だとおもうので、前回の記事を読んでからどうぞー。


PREVIOUS ON THE ARTICLE (前回までの記事)


タイトルは24から(ry

  • 戦略性やバランスを追求すれば「おもしろいゲーム」はできるけれど、「繰り返し遊びたくなる」ゲームにはならない

  • 「繰り返し遊びたくなる」カードゲームは、イラストが重要

  • でも、綺麗なイラストを使ったゲームでも、繰り返し遊ばれているものと、そうでないものがある。その差はどこに?



    • その差=ストーリーのイメージしやすさ


      リセもヴァイスシュヴァルツなど、既存の作品からキャラクターを持ってきたゲームは成功している、ということがわかりました。(ここでの成功とは、繰り返し遊ばれるということです)
      これはなぜでしょう?考えられる理由は、「プレイヤーがキャラクターに思い入れがあるから」です。この理屈はわかりやすいですね。だれだって好きなキャラクターを使ってゲームをしたいと思いますもの。
      とはいえ、これが完全な解答とはいえないでしょう。リセには数多くの作品からキャラクターが登場していますが、リセプレイヤーはすべての作品をプレイし、愛しているのでしょうか。かなり疑わしいところです。有名なゲームからキャラクターを持ってきていますから、登場キャラクターを全く知らないということはないにしても、(私見ながら)「○○は俺の嫁」と公言して憚らないプレイヤーほど、往々にしてそれ以外のキャラクターにさほど思い入れのない印象があります。
      先ほどの仮説の根幹を変えないような修正は可能でしょうか。たとえば、「プレイヤーがキャラクター間のストーリーを想像できるから」というのはどうでしょう?
      「○○がもし、△△の世界で活躍していたら」「○○がもし、△△と友人だったら」などという、いわゆる"クロスオーバー"作品は(常に浴びせられる激しい批判にも関わらず)古今東西を問わず存在します。クロスオーバーとまでゆかなくとも、原作に描かれていないシーンやストーリーを妄想して楽しんだ経験はだれにでもあるのではないでしょうか。
      つまり、既存のキャラクターを使ったカードゲームが成功する理由は、それぞれのキャラクターの世界観や設定が細かく定められており、別のキャラクターとの魅力的なストーリーを思い描きやすいからではないでしょうか?いや、そうに違いない!

      世界設定やビジュアルは、ストーリーのための小道具、ストーリーの補助装置だ


      ストーリーのイメージしやすさがゲームを面白くする要因だと考えると、いろんなことが納得できます。美しいビジュアルが好まれるのはキャラクターをより強く連想するためで、フレーバーテキストはカードがどのような状況を表しているかを示すため。実質的に誰も読んでいないMagic: the Gatheringの単行本も、”読んだ人がプレイすればより面白いゲームができる”からこそ、毎回書き下ろされているんですよね。
      むしろ、どのプレイヤーも無意識にストーリーの重要性を理解しているのではないでしょうか。そうでなければ、ファンデッキなんて成立しませんよね!

      第一章まとめ;カードゲームには戦略性やゲーム性以外に、「ゲームを面白くする要素」がある。それは、「プレイヤーがカード同士のストーリーを想像すること」である。




      東方の二次創作は、コンメディア・デッラルテのような即興劇(幻想劇)である


      さて、「カードゲームを面白くする要素」がわかったところで、いったん別の話に入りましょう。
      次の話題は、「萃符伝はなぜ東方ジャンルなのか」です。いいかえれば、カードゲームをつくりたいだけならオリキャラや他ジャンルでもかまわないのに、なぜ東方ジャンルで制作しているのかなのか、ということです。もちろん制作者が東方好きだからということが一番ですが、それとは別に「東方同人がカードゲームそのものであるから」という理由があります。これを解説しましょう。

      びっくりするほど幻想郷


      (この部分は前置きなので、読み飛ばしてもかまいません。)
      東方同人の発展ぶりには目を見張るべきものがあります。私がこのジャンルに入ったのが紅魔郷発売とほぼ同時期でしたが、まさか数年でビッグサイトでオンリーイベントを開く規模のジャンルになるとは夢にも思っていませんでした。私だけでなく、こんなに発展することを予想できた人はいないのではないでしょうか。
      一般人に受け入れられづらいシューティングというジャンル、京極夏彦と森博嗣を足して2で割ったような曖昧模糊として理解しがたいストーリー、ライトゲーマーを容赦なく撃墜する難易度設定。ここまでマニアックなゲームが受け入れられ、二次創作が発展した背景には、(もちろん可愛らしいキャラクターや美しい音楽、すばらしいゲームといったアトラクションがあるとしても)なにかほかのジャンルにはない要素があるのではないでしょうか。

      決まったキャラクター、決まった舞台設定、決まったテーマから生み出されるバリエーションのあるシナリオ


      幻想郷の世界設定の特徴として、「時間の経過が(はっきりとは)描かれない」という部分があります。例えば学園ものでは進級や卒業といったイベントによって時間の経過が表されますが、東方において明確な成長の表現は行われません。それはなぜかでしょうか?
      第一に日本の田舎が持つ「循環する時間観念」があげられます。つまり、今年も来年も同じような時間が待っているに違いない、という"信仰"のことです。最近はてな村でも話題になっていましたね。
      第二に、Utopia/ユートピアという言葉に、Uchronia/ユークロニア(歴史のない世界)といった意味が含まれていること。完成した世界であるユートピアには改良して変化させるべき部分がありませんから、"歴史"を記録する必然性がなくなるのです。東方においても"六十年に一度歴史が発生し、循環する世界"という世界観が紫香花で表現されています。
      そういった世界設定のもとに生み出される同人作品は、自然と他ジャンルとはことなった様相を示しはじめます。原作エピソードの補完や、原作以後の世界を描く作品が主流となる同人において、「キャラクターを自由に配置し、著者の好きなストーリーのもとに自由に物語を展開させる」といった作品がメインとなっていくのです。
      奇妙なことだと思いませんか?これは明らかに東方に独特な現象です。
      とことんまで記号性を強調されたキャラクター、あいまいなストーリーと世界設定、そういったものが積み重なったおかげで、東方同人全体が、まるで原作を中心としたシェアード・ワールドのように見えます。実際のところ、東方ならあなたが描きたい物語を好きなように書くことができます。コメディもシリアスも恋愛譚もほのぼの萌えだって、どのキャラクターを中心にしてでも展開することもできます。他作品と比べて、世界設定にキャラクターが強く結びついていませんから。

      手軽にストーリーを生成できること/深いテーマを表現できること が、東方の二次創作が発展した理由かも?


      シェアード・ワールドの常として、どうしても同じようなストーリーや展開が繰り返されるという欠点があります(アリマリはもうお腹いっぱいとかそういうの)。しかし、それを超える利点として、キャラクターやストーリーを読者が事前に理解しているために、作者が語りたいことをより深いところまで伝えやすくなるということがあげられます。「レミリアが霊夢に会いに博麗神社に向かう」「鈴仙が永琳のもとで薬師修行をする」「魔理沙が氷精をからかう」...ただのシチュエーションの羅列でさえ、よく訓練された東方オタなら、そこに登場するキャラクター達の心情やその後の展開を容易に想像できるのではないでしょうか。レミリアが霊夢に会いに神社に向かうときには、レミリアの心の中に霊夢への思慕があることは(明確に表現されなくても)読み手が理解してくれます。
      作者(送り手)と読者(受け手)の両方に共通の相互了解があるために、冗長な事前説明なしで人物観の感情の機微を描くことができる。これこそが東方の記号性がもたらした恵みでしょう。

      というか、本家のストーリーもそんな感じですよね。ZUNさんが出演キャラクターと場面を先に決めて、あとは彼女達の動くままに任せる。私たちはすでに知っている主人公達と、新しく登場したキャラクターの掛け合いから彼女達の性格や立場を理解し、キャラ付けという記号化のもとに二次創作を形成する。新作が出た当初に絵板や創想話でかならず起きる「キャラ付け合戦」は、まさに「新作キャラに自分の好きな記号を付加する」行為にほかなりません。記号性の高さから生まれる現象でしょう。


      カードゲームはストーリー生成装置だ!


      東方同人の「記号性」がもたらす「シェアード・ワールド化」についてみたところで、さあ、カードゲームの話にもどりましょう。この章は、「カードゲームをプレイする行為が東方同人の創作と同一である」というお話です。
      wikipediaのコンメディア・デッラルテの記事をさきに読んでおくと、理解しやすいと思います。

      カードゲームのランダム性が本質的にもつバリエーション


      さて、ここからが本題です。どうして萃符伝がカードゲームなのか?それは、カードゲームが本質的に展開の予測できない様々なバリエーションを含んだゲームであることによります。
      「展開の予測できない」というのは、「ランダム性がある」ということです。たとえばランダム性のないゲームの例としては、将棋や囲碁があげられます。どちらのゲームも、プレイヤーがとりうる選択肢は常にすべて提示されています。不確定要素は、相手がどうプレイしてくるか、という一点のみです。あなたが十分に上手ならば、ゲームの展開をかなり先まで「予測できる」でしょう。
      それにたいして、麻雀やポーカーなどのゲームは「予測できない」ゲームです。ゲームの重要な部分を乱数が支配しているため、どんなに上手なプレイヤーでも「このゲームは必ず勝てる」とは言えません。
      M:tGに代表される対戦カードゲームも、ランダム性をゲームの中心に据えています。あなたがどんなに綿密な計算に基づいてデッキを構築したとしても、次に引いてくるカードは不明なままです。このランダム性は、戦略性に統計と確率という深みをもたらすとともに、盤面に予測不能な多様性をもたらします。

      細切れにされた物語を再構成することで、ユニークな物語を創造できる


      ここで、カードゲームを面白くする要素として「ストーリー」がカードごとに設定されていたことを思い出してください。原作から抜粋された物語は、いまや細切れにされ、記号化されたカードとして立ち顕われました。この記号化されたカード達を自由に組み合わせて、新しい物語を作り出す行為。これって、まさに東方の二次創作ではないですか?
      もちろん、漫画や小説とまったくおなじわけではありません。記号を組み合わせて好みのストーリーを作り出す点では同じですが、細部まで作者がストーリー展開を決定できる漫画や小説と違って、記号化されたストーリーをお互いに提示し合いながら、予測のつかない物語を一定のルールと対話に基づいて紡いでいく。これこそが、漫画や小説では表現しえないカードゲームにおける「ストーリー」にほかなりません!

      だから萃符伝のカードは、同一のキャラクターでもたくさんの方向性がある


      ところで、バリエーションのある展開を実現するためには、ありとあらゆる記号を表現したカードが必要になります。それこそ5W1Hゲームのように、「ルナチャイルドが、真夏の夜に、パチュリーのベッドで、森近霖之助を、特売大安売りした」とか(なんかネチョい)。どんなにナンセンスだと思えるものでも前後の展開によっては物語となる可能性がありますから、先の例のように意味不明なカードも用意しなくてはなりません。
      とはいえ、もちろんカードプール的にもイラスト的にも(絵師さんになんて頼めばいいんです?)そんなことができるわけがありません。
      そこで、(本家M:tGもそうですが)萃符伝ではシチュエーションではなく、「キャラクターの性格ごとに」カードを記号化しました。性格ごとのカード化というのは、射命丸文あたりがわかりやすいでしょう。記者としての文と、山の妖怪としての文です。
      《画像》
      こうやって分割すれば、発生する様々なシチュエーションに対応することができます。ストーリーの展開をプレイヤーの想像力にゆだねることになりますが、むしろがんじがらめにパッケージ化されたストーリーを追っていくだけより楽しいんじゃないでしょうか。(このへんはTRPGにも通じるところがありますね)

      実は第三弾を出した直後、ある方から萃符伝に関しての意見をいただきました。「キャラクターごとのまとまりがよくわからない。1つのキャラクター、たとえば、諏訪子と諏訪子のスペルカードをみればどんなタイプのデッキを組めばいいかわかるように方向性を統一した方がよかったんじゃない?」
      そのときは「あー、なるほど、そうですね」とだけ返答しました。私が考えていることを、その場でうまく説明できる自信がなかったからです。(この文章はその方への返答でもあります)
      つまり、キャラクターごとに方向性を定めてしまうと、せっかく東方同人がもつ多様性を殺してしまうことになりかねないということ。プレイヤーによって異なる物語を表現するためには、キャラクターの二面性やさまざまな立ち位置を表現する必要があること。キャラクターの持つ二面性はイラストやフレーバーテキストだけでなく、カード性能にも顕われています。性格の異なるカードを用意することで、様々な物語の断片の組み合わせた物語の源=デッキを作成することができるようにするためです。

      みんな対戦するときに、シーナリを想像しながら対戦するとずっと面白いよ!


      というわけでずいぶん長くなりましたが、これが「萃符伝が東方カードゲームであるたった1つの理由」です。全然1つじゃなかったですけど(笑)
      私がこの文章でいいたかったことは、ぜひみなさんが対戦するとき、ゲームとしてのかけひきだけでなく、盤面で展開される幻想郷の人妖模様を想像してほしいのです。できれば対戦相手とともに、めまぐるしく変化する物語を楽しんでください。初対面の人だとさすがに気恥ずかしいと思いますが(笑)、気心の知れた友人と遊べばゲームが何倍にも楽しくなること請け合いですよ。

      世界設定シリーズはまだまだ続きます。以前の繰り返しになりますが、世界設定シリーズで表現された物語は、カードを制作するときに仮の物語として描かれたものであって、プレイヤーが従わなくてはならない"規則"ではありません。ストーリーを膨らませたりつけくわえたり、あるいは全く無視するのも自由です。
      どうか、あなたの楽しみの一助となりますように。

      最後に、音楽家・平沢進のメッセージを引用して、結びとさせてください。私が言いたかったことは、こんな単純なことなんです。

      私はこのアルバム『点呼する惑星』を作るにあたって、ある物語を作った。しかし、それは創作の地図として作ったに過ぎず、伝えたいメッセージとして在ったものでは ない。
      これは音楽の作品である。物語は音楽の流れを整えるために解体され、断片化された。
      まずは音楽として楽しんでもらいたいと思う。
      「点呼する惑星」の物語は、リスナーの数だけ有っていいのだ。

タイトルはホッテントリメーカ―で(ry

こんばんは、yifeです。今回はずっと書こうと思ってきた

「どうして萃符伝はカードゲームなのか、東方なのか?萃符伝はなにを目指しているのか?」

について書きたいと思います。
実は、このテーマについてはずっと書こうとしながら、なんども挫折してきたテーマでもあります。というのも、あまりにもテーマが大きすぎて、うまくまとめられなかったんですね。
今回もうまくいくかどうかは正直不安なんですが...世界設定シリーズを再開するにあたってどうしても書いておくべきだろうと思ったので、書きます。わかりにくいところがあったらコメントなりでつっこんでやってください。

ちなみに、毎度のことですが、以下に書いてある文章はyifeの個人的な考えであり、幻想萃符伝製作委員会全体の意見や、他のメンバーの考えを顕したものではありません。ご承知置きくださいませ。


面白さの差?


トランプゲームってやったことあります?ポーカーとかブラックジャック。あれ、あんまり流行んないですよね。大富豪ならそこそこ盛り上がるけれど、すぐに飽きちゃうし、わざわざ集まってやりたいほどでもない。
それに比べて、ゲーム交流会の盛り上がりようといったら!VISIONも幻想の宴も、月イチくらいのペースで大会がありますよね。大富豪とVISION、どこに違いがあるんでしょう?
なになに?「単純じゃないか、面白さの差だよ」ですって?うん、それはその通り。私も同意します。でも問題は、いったいどこに面白さの差があるんだろう、ってことなんですよ。

私は、その差はストーリーにあると考えます。←結論


ストーリーのないカードゲーム


こんなトランプゲームを考えてください。お互いに1セットずつ、53枚(ジョーカー含む)のデッキを1つずつもって、開始時に10枚引きます。
いっせーのっせ!で手札を出し合って、大きい数字を出した方が勝ち。負けた方は、数字の差だけデッキを捨て札置き場に捨てます。これを繰り返して、先にデッキがなくなった方が負け。
捨て札をみれば、お互いに何のカードがデッキや手札に残っているかがわかりますし、デッキの内容はどちらも同じなので、純粋に戦略の読み合い、心理戦がものをいうゲームになります。すごくフェアなゲームですし、戦略性も高いですよね。

実はこのゲーム、私が友人と何度も遊んだことのあるゲームなんですが・・・飽きるんですよね。ひたすら数字を出していくだけじゃつまんない。
しかし、その友人がすばらしいアイデアを考えつきました。彼は、自分が書いていた小説のストーリーに、トランプゲームを絡めたのです。
神様や精霊同士が戦う小説だったのですが(そこ廚くさいとかいわない)、数字を攻撃、絵札をアーティファクトや使い魔、ジョーカーを神様本人に書き直したカードを作って遊んでみたら、何度でも遊んでみたくなるゲームに変化しました。。小説の内容を知っているので、「これはあの場面の再現だ!」なんて叫びながら、半日そのゲームにつぶしていたのを覚えています。
ちなみに、そのゲームの改良版がSAKURA CONで"Anima Cardgame"という名前で発表されています。なかなか好評だったらしいですよ。

遊びたくなる要素


この経験から、私は気づいたのです。ゲームの面白さ、つまり戦略性等とは別に、「遊びたくなる要素」があるのではないか、ということに。
「遊びたくなる要素」は1つではありません。例えば、TVゲームなら画面の見やすさ、操作しやすいかどうか、なんかだとおもいます。「世界樹の迷宮」は、まさに"操作していて楽しい"という部分を追求することによって成功したタイトルでしょう。あるいは、(正確には遊びとは違いますが)Wiiのボタンをクリックする時の効果音や、ホーム画面で流れている効果音も、「また起動したくなる要素」として取り入れられています。
TVゲームやゲーム機にもあるのなら、カードゲームにおける「遊びたくなる要素」もあるはずです。


「遊びたくなる要素」を探せ!


カードゲームにおける「遊びたくなる要素」っていったい何でしょう?きれいなイラストや見やすいデザインでしょうか?周りにプレイヤーがたくさんいること?それとも、カードの値段が安いこととか?ブランドってのも考えられるかな?

後ろから検討していきましょう。(自分で提案しておいてなんですが)カードゲームのブランドってありますかね?トランプならバイシクル、日本では任天堂というメーカーが非常に有名ですが、「バイシクル買ってきたからトランプやろうぜ!」「おお、任天堂のトランプじゃん!かっけー!」なんて会話は聞きませんよね。ブランドじゃなさそうです。

カードの値段はどうでしょう。友人にカードゲームを勧めて断られる理由の第一位が「お金がかかりそう」です[要出典]。みなさんも経験があるんじゃないでしょうか。
しかし、トランプやUNOは非常に安価で手に入るにも関わらず、さほど遊ばれているとも思えません。日本だけでなく海外においても、ギャンブルとしてのポーカーやブラックジャックは一定の人気がありますが、ギャンブルでないトランプゲームは遊ばれていないというより「だれもそんなゲームを知らない」状態です。となると、値段も要因としては考えられません。

プレイヤーがたくさんいること?でも、UNOも大富豪もみんな知ってるけど、友達と集まったときに遊びます?普通、大富豪よりVISIONですよね(モンハンかも知れないけど)。

イラストやデザインは?これは、意外に大きなファクターかもしれません。どんなにルールシステムが難解でも、好きなキャラクターが出演していれば人気が出る、つまり繰り返し遊ばれるのはご存知の通りです。ううむ、つまりイラストが重要なファクターというわけですね。
(別に特定のゲームを批判しているわけじゃないことをご承知置きください(でもリセは難解すぎると思う))。

かわいいイラストだけじゃ駄目?


美しいイラストやかわいらしいビジュアルを前面に押し出したカードゲームが最近増えていますよね。リセをはじめ、プロジェクトレボリューションとかヴァイスシュヴァルツとか、有名ですよね。特にリセとヴァイスシュヴァルツの人気がすごい。気づいたら、周りでやってないの俺だけになってるし。「おれの嫁デッキ」とか言ってるの。もうドン引き。
しかし、考えてみれば不思議です。リセもヴァイスシュヴァルツもプロレボも、既存のアニメ・ゲーム・エロゲからキャラクターを持ってきています。それに比較して、オンラインTCGとして有名なアルテイルはすべてオリジナルキャラクターですが、ショップがアルテイルの大会を定期的に開くという話は寡聞にして聞きません。
オリキャラだと人気が出なくて、既存のキャラクターだとプレイヤーが集まる。イラストの可愛さ・美しさでアルテイルが劣る訳ではないのに、どこにその差があるんでしょう?イラストが重要なファクターだと前に書きましたが、単にイラストが可愛いだけじゃだめで、ほかに要素があるんですね。
アルテイルになくてリセやヴァイスシュヴァルツにあるもの。それこそが、「ストーリー」なのです。

(続く)

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こんばんは。東劇の申し込み締め切りまであとわずかですが、みなさんはもう登録を済ませましたか?
まだのひとは済ませてからこのblogに戻ってきてくださいね。東京以外の方は、交通手段の確保も忘れずに。バスとか飛行機とか。



よし。これで、ここを読んでる人は東劇参加者になりましたね?(笑)

それじゃあ、東劇についていくつか質問があったのでお答えしましょう。


  • 会場でカードを販売しないの?

  • しません。物販の許可もらってないし、そもそも手元に在庫がありませんw
    いや、第二弾・第三弾はあるんですけどね。みんなが欲しいのは第一弾と土地セットでしょう?

  • それじゃあ、第一弾はプロキシ使用可にしてよ

  • これについてはちょっと考えたのですが、第一弾に関してはすでに売り切れていますので仕方ないですよね。
    公式大会ですが、第一弾(と土地セット)のみプロキシを可とします。
    ただし、プロキシを使用する場合は、対戦前にジャッジと対戦相手に申し出て、確認してもらってください。
    もちろん、ほかのカードと区別できないように、スリーブ必須ですよ!
    第二弾、第三弾のプロキシ使用は不可です。秋葉のホワキャンで買ってきてください。

  • 公式サイトに萃符伝の項目が無いんだけど?

  • 仕様です。急にねじこんでもらったので。

    いや、例大祭のときには「萃符伝が参加する」って決まってて、「ジャッジもこっちでやるから安心してていいよ」って言われてすっかり忘れてて、公式サイトに項目が無いのに気づいて「あれ?萃符伝どうなったの?」って聞いたら「手が足りないから凍結されてる。手伝ってくれるなら開催するよ」って言われた。
    絶望した!某ゲームとの扱いの差に絶望した!


    確認しなかったこっちが悪いし、東劇の中の人たちが目が回るくらい忙しいので仕方ないですけどね。VISION大会楽しみです。エントリーも済ませたし(本当)



今回の大会は、エラッタを調整するためのバランス確認も兼ねています。ぜひ、あなたが優勝できると思うデッキで挑んでみてくださいね。

あ、プロキシに使う画像はMWSの画像を使うといいかもね!


p.s.
私が個人的に持っている4セット分のカードを、プロキシ代わりにお貸しします。でも、基本的に早い者勝ちになっちゃうので、プロキシ使う人は自分でプロキシの用意をしてきてくださいね。

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